ArtifactⅡ
音楽 / J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 シャコンヌ」
振付・照明・衣裳デザイン / ウィリアム・フォーサイス
振付指導 / ティエリー・ギデルドニ
照明プラン / タニア・リュール
バレエミストレス / 加藤浩子
バレエマスター / キム・ボヨン
衣裳製作 / チャコット株式会社
フォーサイスのArtifactⅡとは(アーティファクト・ツー)とは
©Dominik Mentzos
振付
ウィリアム・フォーサイス
William Forsythe
1949年生まれ。50年以上にわたり振付の分野で活躍。バレエを古典的なレパートリーから21世紀のダイナミックなアートフォームへ方向転換させたと評価される。ジョフリー・バレエ団を経て、シュトゥットガルト・バレエ団で踊り、76年に振付家に任命される。84年から20年間、フランクフルト・バレエ団芸術監督を務めた後、フォーサイス・カンパニーを設立し、2015年まで活動。振付の基本的な構成原理への深い興味から、インスタレーション、映画、Webベースの知識創造など、幅広いプロジェクトを手がけている。世界中のバレエ団が彼の作品をレパートリーをもち、インスタレーションは展覧会や美術館で国際的に発表されている。ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、ドイツ演劇賞『ファウスト』(いずれも生涯功労賞)など、数多くの賞を受賞。
フォーサイスのArtifactⅡ
(アーティファクト・ツー)とは
ウィリアム・フォーサイスについて
先端的な振付家であり、20世紀バレエ史上の革命児とも言われるウィリアム・フォーサイスとは。
ニューヨーク生まれ。ジョフリー・バレエ団、シュトゥットガルト・バレエ団で踊り、1976年にレジデント・コレオグラファーに任命され、その後7年間シュトゥットガルト・バレエ団をはじめ、世界中のバレエ団のために新作を創作。
1984年から20年間、フランクフルト・バレエ団のディレクターを務め、『Artifact』(1984)、『Impressing the Czar』(1988)、『Eidos;Telos』(2000) などの作品を創作した。初期の振付は、伝統的なバレエの動きを拡張、加速させ、衝撃的な飛躍を遂げ、現代バレエに多大な影響を与えた。2004年のフランクフルト・バレエ団閉鎖後、ザ・フォーサイス・カンパニーを設立し2015年まで指揮を執っている。
フォーサイスの作品は、ザ・フォーサイス・カンパニーのみで上演されているが、初期の作品は、マリインスキー・バレエ、英国ロイヤル・バレエ、パリ・オペラ座、ニューヨーク・シティ・バレエなど、世界中の主要なバレエ団のレパートリーとして重要な位置を占めている。
東京シティ・バレエ団 芸術監督:安達悦子
ArtifactⅡについて
ヨハン・セバスチャン・バッハの「ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」の「シャコンヌ」に合わせた抽象的な「アーティファクトII」は、バレエの現代的要素と古典的要素を対比させながら、サスペンスを構築していく作品です。
パ・ド・ドゥやソロは、歴史的な作品と同様、バレエ団がフレームを構成している。しかし、フォーサイスのバレエ団は装飾的ではなく、明確な幾何学的ラインとパターンを形成している。ダンサーたちは舞台の左右と後方、あるいは片側に並んで立っている。鋭角に組んだり、舞台奥に仰向けで寝そべったりする。フォーメーションの変更は、幕がバンと下がることで区切られる。港で船を操るときのような角ばった腕の動きが、精緻な印象を高めている。
隊列に囲まれた自由な空間では、フォーサイスらしい2つのパ・ド・ドゥが展開される。
シャープでダイナミックな動きと、逆方向の動きの対比で緊張感を高める。2組のカップルはともに力強く踊っている。
泥女役は、軍団の前で教師のように腕の振りを披露した後、ゆっくりと舞台を降りていきます。彼女だけが水色のトリコットを着ている。他のメンバーは、女性はゴールデンイエローのトリコット、男性はユニタードをそれぞれ身にまとっている。効果的で暖かみのある照明が、身体に彫刻的な印象を与えている。
『Landgraf on Dance』
https://www.ilona-landgraf.com/2015/06/the-seeming-and-the-real/
Ilona Landgraf公式WEBサイト「Artifact」解説より引用
『ArtifactⅡ』の音楽
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV.1004 5.シャコンヌ(Ciaccona) J.Sバッハ
<歴史>
1720年バッハ35歳の頃、ケーテン宮廷楽長として音楽好きの君主レオポルト侯に仕え、多くの世俗曲(協奏曲、室内楽曲)を書いていた頃の楽曲。
パルティータは組曲のような形式の楽曲のことで、全5曲構成の終曲が、三拍子で演奏される舞曲の一種シャコンヌである。
257小節にも及ぶ壮大な作品であり、全体に重音奏法が多く演奏は容易ではないと言われている。
芸術監督・安達悦子が語る
-ウィリアム・フォーサイス作品とその特色
芸術監督
安達悦子
Etsuko Adachi
バレエをもっとポピュラーに
現在、彼はドイツと母国アメリカを行き来しながら、パリ・オペラ座バレエ『Blake Works Ⅰ』、ボストンバレエ『Playlist』、イングリッシュ・ナショナル・バレエ
『Playlist』などを中心に振付家としての活躍の場を置くことで、最近の作品は、再びクラシック・バレエの作風に回帰しているように見受けられます。
2022年『The Guardian』のインタビューでクラシック・バレエに回帰した理由について、フォーサイス自身がこう述べています。
「難しいから面白いのです。作るのが本当に難しい。技術の伝統への自分の関係を明確にしなければなりません。私はバレエをもっとポピュラーなものにしたいのです。バレエを我慢するものでなく、楽しみにするものにしたいのです。バレエに付き合わされる夫やボーイフレンドのことを考えると、Playlistを見て、やっと『これで良かったんだ!』と思ってもらえるような。」
また、バレエを身近なものにしたい理由についてこうも述べています。
「別の時代のものであるバレエの政治性は、バレエという形式そのものではありません。バレエはアルファベットのようなものです。バレエのアルファベットは永遠です・・・あなたは、ただそれを使えば良いのです。」と。
彼の特色の一つであるインプロビゼーション(即興)が多い作品があまり上演されていないのも、バレエを身近なものにしたいと考えるフォーサイスの想いが出ているのだと思います。
フォーサイスを知った―
シャープでスタイリッシュ。迫力ある踊りに、目が釘付けに。
フォーサイスの名前を耳にしたのは、今回指導を担当するティエリー・ギデルドニがシュトゥットガルト・バレエ団の日本公演でダンサーとして来日した時に、「新しくできるフォーサイスのバレエ団に移籍する」と話してくれた時でした。
ティエリーは、Academie de Danse Classique Princesse Grace Monte Carloで共に学んだ友人です。
また、当団出身の佐々晴香さん(ノルウェー国立バレエ団 プリンシパル)もスウェーデン王立バレエ団在籍時に、フォーサイス作品をティエリーの指導で踊っていて、繋がりのようなものを感じました。
2016年にサンフランシスコを訪れた時、丁度、フォーサイスご自身が『The Vertiginous Thrill of Exactitude』の指導をしていらっしゃる場面を見ることができました。
その後も、世界のバレエ団でレパートリーになっている印象に残る作品を見る機会に恵まれました。『in the middle, somewhat elevated』、『Herman Shmerman』、『The Vertiginous Thrill of Exactitude』など、シャープでスタイリッシュ。迫力ある踊りに、目が釘付けになったのを覚えています。
『トリプル・ビル2023』に「ArtifactⅡ」を選んだ理由-
Artifactは、バレエ史上に残る傑作。東京シティ・バレエ団の最初の作品として、フォーサイスからも推薦された。
Artifactは、フォーサイスがフランクフルト・バレエ団の芸術監督に就任して作った第1作で、バレエ史上に残る傑作と言う方もいます。4つのパートがあり、今回上演するのは2曲目です。バッハのシャコンヌの曲で、エッジの効いたパ・ド・ドゥ2組とコール・ド・バレエのムーブメントが素晴らしく、そこに照明が効果的に使われます。
フォーサイスは、祖父がコンサート・ヴァイオリニストで、子供の頃から、楽器に触れていて、彼自身の言葉によると、Strong classical music background で育ったそうです。
フォーサイス作品はどれも興味深いものがありましたが、当団にはインプロビゼーション(即興)が多いものではない作品の方が、相応しいと感じていました。
そのさなか、東京シティ・バレエ団の最初の作品として、フォーサイスから推薦されました。
舞台で踊るダンサーに期待するもの-
バレエの中でのインプロビゼーション(即興)を経験して、ダンサーも指導者も、コレオグラファーも、大きく成長できる。
「ArtifactⅡ」は、フォーサイス作品の中で、世界中のバレエ団が上演している作品の一つであり、そこで、クラシック・バレエのテクニックを駆使し、フォーサイスの世界を作り上げている作品となります。
東京シティ・バレエ団のこれまでの創作活動を振り返ってみても、フォーサイスの影響が少なからずあったと思います。この度、フォーサイスの初期の作品を上演することで、そのエッセンスに触れ、身体の限界に挑戦したムーブメント、舞台の使い方、そしてバレエの中でのインプロビゼーション(即興)を経験して、ダンサーも指導者も、コレオグラファーも、大きく成長できると信じています。
そして、何よりも作り上げた舞台を、お客様にお届けできることを楽しみにしています。
振付指導のティエリー・ギデルドニ氏―
難しいフォーサイスのバレエを、丁寧に素晴らしく伝授してくれる
ティエリーは、Academie de Danse Classique Princesse Grace Monte
Carloで共に学んだ友人です。優しい男の子でマリカ・ベゾブラゾヴァ先生のお気に入りだったティエリーが、フォーサイスと出会い、フランクフルト・バレエ団、ザ・フォーサイス・カンパニーと彼のもとで踊り、現在もフォーサイスの作品指導者として世界を飛び回っていることに、嬉しい驚きです。
よく指導に来ていただいているローラン・フォーゲル(Academie de Danse Classique Princesse Grace Monte Carlo教師)から、ティエリーはフォーサイスのファミリーみたいになっていると聞いたことがありました。
ティエリーなら、難しいフォーサイスのバレエを、丁寧に素晴らしく伝授してくれると信じています。パドドゥの2組についてはクラシックの限界に挑戦することを恐れない、強い女性が二人必要・・・もろく(弱く)なく、慎重すぎず、ガッツがある人!男性は、とてもパートナリングが上手な人!を求められています。
中心となるThe Mud Woman役には、与えられたジェスチャーを、いつ、どのように行うかは自分で決めるので、自信のある人が必要になります。「いつ」「どのように」を決めるのが、インプロビゼーション(即興)になりますので、この役のダンサーとは特別な時間を取って創り上げていくと聞いています。
是非、多くの方に、見ていただきたいです。
振付指導:ティエリー・ギデルドニ氏からの
メッセージ
ティエリー・ギデルドニ
Thierry Guiderdoni
フランス、ニース生まれ。マリカ・ベゾブラゾヴァの指導の下、モナコ王立グレースバレエ学校でダンスを学ぶ。 82年にローザンヌ国際バレエコンクールでプロフェッショナル賞を受賞。同年、シュトゥットガルト・バレエ団に入団。 91年から2004年までドレスデン・フランクフルト・バレエ団に在籍。05年、ウィリアム・フォーサイスのバレエ・マスター兼芸術監督補佐を務め、 フォーサイス・カンパニーのアジェンダ・マネージャーに就任。 15年にフォーサイス・プロダクションのフリーランスの舞台監督、リハーサル・ディレクターに就任。
The Japanese audience or any other audience must imagine their own story when they’ll come to see Artifact II. Forsythe thinks that reality exists only in the mind of the human being. It is a product of our fantasy, in the same way as art. An art that has become artificial through its formalisation. What the dancers do is to explore the physical limits of the possibilities of the body.
The dancers place themselves in space and dance as if they had to investigate how far their muscles and articulations can reach. Forsythe clearly doesn’t try to redefine the classical ballet language but he proposes to develop a new vocabulary.”
日本の観客も他の観客も、『Artifact II』を観るときには、自分自身の物語を想像しなければなりません。フォーサイスは、現実は人間の心の中にしか存在しないと考えています。 それは、芸術と同じように、私たちの空想の産物です。芸術は、形式化されることによって人工的なものとなってしまいました。ダンサーが行うことは、肉体の可能性の限界を探ることです。
ダンサーは空間に身を置き、筋肉や関節がどこまで届くかを調べるように踊ります。 フォーサイスは明らかにクラシックバレエの言語を再定義しようとしているのではなく、新しい語彙を開発することを提案しているのです”。
松澤慶信教授による考察
松澤慶信
Yoshinobu Matsuzawa
日本女子体育大学ダンス学科教授。舞踊美学、舞踊史学専攻。1958年生。
78年5月12日マチネにNHKホールで見たパリ・オペラ座バレエ(シャルル・ジュードとフロランス・クレール主役の「ジゼル」)が
「緑の導火線を貫いて花を駆り立てる力」(ディラン・ト-マス)となって人生の関心が変わり、大学で教える現在に至る。
日本女子体育大学ダンス学科の松澤と言います。
実は、https://youtu.be/OWnqFLH2Nrk(6分版) 上で、多少身振りもつけて話していますので、もし宜しかったらアクセスしてみて下さい。 それで、この原稿はこの動画を書き起こして、さらに簡潔に付け足して書き直したものです。 ※なお、実はさらに17分という長いヴァージョンもあり、こちらはもっと詳しくいろいろな余分なことも話していますので、お時間と勇気がある方は、こちらにもアクセスしてみて下さい。 https://youtu.be/r7SlupbWie8(17分版)
東京シティ・バレエ団の芸術監督の安達悦子さんからフォーサイス(William Forsythe 1949-)について書いてくれというお話をいただき、 それではと、バランシン(George Balanchine 1904-83)とフォーサイス、彼らに至るまでの簡単なバレエの歴史、そしてその歴史の終着点として、今回のプログラムが究極のグッドサンプル、つまりとってもすてきなモダニズムを標榜するバレエ作品であることを実証するプログラミングなんだよということを、今回の上演作品に触れてお話しますね。
この作品は実は日本でも世界でもまああんまりやらないんですけど、とてもいい作品。チャイコフスキーのピアノ協奏曲のあの有名な第1番じゃなくて第2番の第1楽章であるアレグロ・ブリランテに振付けられました。冒頭の出だしから引きつけられますよ。アッ、でも種明かしはここでは致しません。劇場でご覧下さい。
実は日本初演は1994年11月に神奈川県民ホールで、フランクフルト・バレエ団の来日公演によってです。つまりこの時に「アーティファクト」を全幕で上演しています。照明装置だけでなく、他のパーツでは劇場床に四角い穴を開けたりとか、スタッフはそれはそれは大変でしたね。日本のバレエ団で「アーティファクト・ツー」を上演するのは初めてです。
この作品はウィリアム・フォーサイスが1984年にフランクフルト・バレエに芸術監督としてよばれて最初に作った大作です(このフランクフルトに来る事情は17分版で話していますし、2012年に作成したweb http://bongo.danprs.jp/will/index.htmlでも書いていますので、ご覧下さい)
補足:実は翌年1985年にフォーサイスは男性3人と女性1人の4人用にこのArtifactを改変した「Steptext」という作品を作っています。これはスターダンサーズ・バレエ団が1997年に日本初演しています。今回「アーティファクトⅡ」を見て、そして続けて「Steptext」が再演され見られるのなら、至福の至り!!
おまけ:さらにパリ・オペラ座のために「Artifact Suit」という30分ヴァージョンを作っています。これもどこか上演しないかしら。
さて、冒頭に書きましたように、バレエ史から簡潔に紐解いていくと、バレエのpas(パ:バレエの運動態を構成する基本的運動素とでも言いたい)が19世紀前半に、 実質ポアント立ちから始まったとして(17世紀の宮廷バレエ時代にボーシャンが5つのポジションを決めた時代から始まるとかいうご意見は今は置いておいて)、 このpasを、「白鳥の湖」を改変して現在にまで古典作品として残したあのマリウス・プティパ(Marius Petipa 1818-1910)が確立させて (現在のpasの90数%は彼が作ったと言われます)、そしてまさに今回の振付家バランシンが完成させたことになります。
講義みたいでごめんなさい。もう少しお付き合い下さいませ。 それでプティパはさらにバレエ作品の構成として、ダンシング・シーンとnarrative(物語る)シーンを分けたんですね。もちろん他にもグラン・パ・ド・ドゥのスタイルを固めたりとかね。 このダンシング・シーンが、例えば僕が好きなのは「くるみ割り人形」の第一幕の最後の雪のシーンとかですが、もちろん「バヤデール」のあの幻想のシーンとかもそうですが、これがディヴェルティスマンとしてやがて独立して、上記のパ・ド・ドゥとかと一緒にバレエ・コンサーツで上演されるようになるんですね。つまりバレエは一晩にフルレングスでやらなくてもいいんだってことを見せるようになって、そしてその成果が20世紀の頭1907年(あるいは1906年)に、あの「瀕死の白鳥」を振付けたミハイル・フォーキン(Mikhail Mikhailovich Fokin 1880-1942)がショパンの音楽に振付けた「レ・シルフィード」を作っちゃうのね。 つまり1832年に初めてマリー・タリノーニがポアントで踊った「ラ・シルフィード La Sylphide」から約70年余を経てて1907年に「レ・シルフィード Les Sylphides」としてバレエは、もはや物語を捨てて情景だけを見せる作品になったのね。
もう少し頑張って、読み続けて下さいな。もうバランシンの抽象バレエですから。 そうしたら、ここから先はすぐよ、バランシンがいわばレオニード・マシンの人気に負けていわば都落ちで1933年にNYに移って、「わかった、でも最初に学校を作ろう」と言って作ったバレエ学校の1934年翌年の発表会で、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」を使って、かの「セレナーデ」が作られます これがまあ一応抽象バレエの最初と言われ、バレエのパを駆使して物語性をなくしてダンシングだけで見せます(実は3部や4部は濃厚なパ・ド・ドゥでたっぷり男女の物語ですけどね)。そうして、バレエはpasの完成を見て、物語なくして踊りだけで見せられるようになったんですね。 つまり、プティパが確立したバレエのパというダンシングの語法やテクニックはバランシンが完成させたと。
destruction(破棄)でもreconstruction(再構築)でもなくて、deconstruction(脱構築―由良君美の訳) というのは、あくまでも強固なシステムを内部から解体して突き抜けていくって方法です。 世阿弥が「花伝書」でいう「格より入りて格より出ず」、まず「かたち」からはいってその「かたち」から出なさいというお稽古事の基本姿勢と同じです。 ※Pedanticだけど、Roslyn SulcasのUsing Forms Ingrained in Ballet to Help the Body Move Beyond It.なんて検索してみて下さい。
バランシンは、あくまでもオン・バランスで身体の軸を鉛直方向に保ちましたよね、バレエのpasの基本ですから(もちろん彼は「アゴン」なんかではパンシェとかでオフ・バランスになっていますが、あくまでもオン・バランスに戻しますでしょ)。
しかし、ビリー(フォーサイス)は、堂々とオフ・バランスを、例えば1986年にパリ・オペラ座のシルヴィ・ギエムのために作った「イン・ザ・ミドル」では、男性ダンサーが堂々と上体をそらしてそのまま崩れる動きをとり入れているのね。つまりポアントから始まってプティパが確立しバランシンが完成させたpasを、彼はあくまでもpasの内部から解体させて突き抜けていくんですね。彼は実はdiscipline(規範)が好きで、その規範と考える重力にどう対抗するかをずっと突き詰めてきたわけ。フランクフルト・バレエに来て10周年の記念の1994年に作った「Improvisation Technologies」はこの精神にのっとった彼の動きの基本を彼自ら説明しています(慶應大学出版会で翻訳が出ていたけど絶版。断片がYouTubeで診られます)
※ところで、モダンダンスの創始者と言われるイサドラ・ダンカン(Isadora Duncan 1877-1927)は、最初からバレエのパの「外部」に立って自由に踊り出したのね。
したがって、フォーサイスは基本バランシン路線の延長にあるから「ハード・バランシン」なんて言われたの。そして、この時期の傑作が今回の演目「アーティファクト」というわけ。
この「アーティファクト」はバッハの「シャコンヌ」を使っています。
ヨハン・セバスティアン・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004」の終曲「シャコンヌ」で、ビリーが使っているのは元ベルリンフィルのコンサート・マスターだったナタン・ミルシュタインの演奏。
どうして彼のかと聞いたら、一番fittableだったからとのこと。
この曲は正行カノンや逆行カノンも取り入れて、音楽学で分析の教材に使う見本になるくらいに音楽学的に完成されているといわれるのね。
だから逆に振付ける際には、結局、音楽にダンスが負けちゃうの。Doris Humphrey曰く「why say in dance what the composer has already stated in music? 」つまり、ダンスは音楽の視覚化ではないよ、ダンスは音楽とは違う地平を見せてね、と。そこで、ビリーは何をしたか。
この自己完結した強力な音楽構造に対してどう対マンをはったか。もう言いませんよ、公演をとくとご覧下さい、腰が抜けますから。
しかもこの作品はSSというサイドスポットからの強い光をあびて、正面からは光はわざと押さえています。だから暗いんです。フォーサイスはあの谷崎潤一郎の「陰影礼賛」の英語版を読んでいて、谷崎のダークだよと嬉しそうに話してくれました。
この作品は、したがってまだハード・バランシンですが、この後、彼はどんどん変化していって、えっ、これもダンスなのというメタダンスを追及していきます。
ほんの一例:
https://youtu.be/1Pf2mjfxz_Q
もう一度言います。pasは、ポアントから始まって、プティパで確立されたバレエの語法にしてテクニックを突き詰めたバランシンを得て完成します。 そしてdisciplineとなったこのpasを彼はついにdeconstructiveして新しい展開を見せます。バレエ史的にいうと、19世紀後半に整った「クラシックバレエ」から20世紀のモダニズムを標榜する「抽象バレエ」となるまさにモダンバレエと、 そしてそこから21世紀へと切り開かれていくコンテンポラリーバレエへの流れが見えてくる、とんでもなく素敵なそして意味のあるプログラミングなんです。
蛇足:夢のような話
プティパの「バヤデール」夢のシーン、「くるみ割り人形」の第一幕の最後の雪のシーン(実はこのシーンのラストがバランシンの「セレナーデ」の最後と同じような締め)、
フォーキン「レ・シルフィード」、バランシン「アポロ」、「セレナーデ」、「シンフォニー・イン・C」、フォーサイス「アーティファクト」、「ステップテクスト」、「イン・ザ・ミドル」、「セカンド・ディテイル」。
これらは上記したpasの歴史を辿る作品例ですが、実はすべて日本のカンパニーやグループがすでに公演しています。ですから、例えば超党派でまとめてくれるNHKの「バレエの饗宴」とかが、この中から4、5作品ぐらいをプログラミングして上演して下さいな。
なぜって放映されれば録画出来て、見事なバレエ史の教材にもなるからです。