L’heure bleue

©Takashi Shikama

L’heure bleue

音楽 / J.S.バッハ、L.R.ボッケリーニ ほか
振付 / イリ・ブベニチェク
舞台美術・衣裳デザイン / オットー・ブベニチェク
バレエミストレス / 若林美和
衣裳製作 / 工房いーち

振付

ブベニチェクのL’heure bleue(ルール・ブルー)とは

©Nadina Cojocaru

振付
イリ・ブベニチェク
Jiří Bubeníček

ポーランド生まれ、チェコ国籍。プラハ音楽院でバレエを学び、1992年ローザンヌ国際バレエ・コンクールでキャッシュプライズ賞を受賞。93年ハンブルク・バレエ団入団。95年ソリスト、97年プリンシパルに任命される。2002年には『椿姫』のアルマン役でブノワ賞を受賞。06年にドレスデン国立歌劇場バレエ団にプリンシパルとして迎えられる。同時期より振付家としての活動を始め、ニューヨーク・シティ・バレエ団、チューリッヒ・バレエ団、ハンブルク・バレエ団等に振付。16年『L’heure bleue』を当団で日本初演。短編作品、抽象的な作品、物語性のある長編バレエなど、現在65を超える作品を発表し、振付のストーリーテラーとして抜群の評価を確立している。『カルメン』でヨーロッパインダンスの2019シーズン最優秀振付作品賞、『ロミオとジュリエット』で2021/22シーズンの最優秀バレエ公演に与えられるボリス・パパンドプロ賞など数々の名誉ある賞を受賞。自身の振付作品を上演するツアーカンパニー”Les Ballets Bubeníček”を設立し、異文化間の架け橋となるべく、社会貢献活動にも注力している。このような取り組みが評価され、17年には故郷プラハにてプラハ市銀メダルを受賞。

ブベニチェクのL’heure bleue
(ルール・ブルー)とは

L’heure bleueの根底にある『愛』というテーマ


作品は、ふんわりした優美さとユーモアで満ちている。バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調」や「六つのパルティータ」の耳に馴染んだ旋律が響くなか、同じ時代の宮廷風の衣装をまとったダンサーたちが、軽やかな動きを繰り広げる。男性同士の競い合い、ちょっとした恋の鞘当てなど、感情がぶつかりあって生まれる人間模様も興味を惹くが、それらは重いものではなく、むしろ動きの美しさ、柔らかな光に浮かび上がる衣裳の繊細な陰影のほうが、心に強く訴えかけてくる。(中略)
「ル・スフル・ドゥ・レスプリ―魂のため息―」「ドリアン・グレイの肖像」など、兄弟の作品ではしばしば絵画が印象的に使われるが、この作品も同様だ。
いろいろなタイミングで現れる四角いフレームのなかでポーズをとるダンサーたちは、美術館の名画に描かれた人物のようにも見える。とはいえ、場面ごとに細かく味わいを変える振付に一人ひとりが全力を尽くして挑む姿は、じつに爽快だ。

『Dance Magazine Japan』2016年5月号 公演レポート
新藤弘子「優美さとユーモア」 より抜粋・引用
(東京シティ・バレエ団『L’heure bleue』初演公演評)

L’heure bleueについて


―「ルールブルー」は、直訳すると「青の時間」という意味ですね。
ええ。日の出前の夜と朝のあわいにある薄明りの時間を表現する言葉です。
オペラ座でオーレリ・デュポンと『椿姫』を踊った際、ぼくは三週間パリに滞在しました。そのときガルニエ宮の目の前にあるギャルリー・ラファイエットのショーウィンドウが目に留まったんです。
二台のモニターに映し出されたバロック装束の男女にぼくは物語を感じた。モニターは絵画の額縁を思い出させました。同じ日に、ぼくはルーヴル美術館を訪れた。美しい絵画の背後にどんな物語が秘められているか、ぼくはいつも知りたいと思っていました。画家の前にポーズを取っていた時、二人はどんな会話を交わしたのだろう?この人には秘密の恋人がいたのだろうか?これらの経験からバレエが生まれたんです。
パリでなかなか寝付けないときに窓から見えた薄明りの記憶から「ルールブルー」と名付けました。バレエでは、絵のなかの人物が動き出します。一枚一枚の絵にそれぞれの物語があるんです。

『Dance Magazine Japan』2016年5月号 公演レポート
イリ・ブベニチェクインタビュー「美しい絵画の背後にある物語を」より引用

音楽

『L’heure Bleue』の音楽(全12曲)

・2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV.1043 第1楽章 ヴィヴァーチェ(Vivace) J.S.バッハ

<歴史>
1730年頃~1731年にかけて作曲されたと伝えられる2つのヴァイオリンのための協奏曲。バッハ3曲のヴァイオリン協奏曲のうちの1曲。 音楽理論のひとつである対位法という複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ、互いによく調和させて重ね合わせる技法を正確に導入した作品であり、2つのヴァイオリンと合奏部による「音の織物を編み上げる」ように構成されている。


    J.S.バッハ 6つのパルティータ より
  • ・第2番 ハ短調 BWV.826 5.ロンド(Rondo)
  • ・第1番 変ロ長調 BWV.825 5.メヌエット1(Menuett 1)
  • ・第5番 ト長調 BWV.829 5.テンポ・ディ・ミヌエッタ(Tempo di Minuetta)
  • ・第1番 変ロ長調 BWV.825 1.プレリュード(Prelude)
  • ・第5番 ト長調 BWV.829 3.コレンテ(Corrente)
  • ・J.S.バッハ ヴァイオリン協奏曲 第2番 ホ長調 BWV.1042 第3楽章アレグロ・アッサイ(Allegro assai)
  • ・J.S.バッハ チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV.1056 第2楽章 ラルゴ(Largo)変イ長調
  • ・J.S.バッハ 6つのパルティータより 第1番 変ロ長調 BWV.825 2.アルマンド(Allemande)
  • ・W.A.モーツァルト 弦楽セレナーデ第13番 ト長調 K.525 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第3楽章 メヌエット-アレグレット(Menuett -Allegretto)
  • ・J.S.バッハ 6つのパルティータより 第1番 変ロ長調 BWV.825 7.ジーグ(Giga)
・弦楽五重奏曲 ホ長調 Op.11-5 G.275 第3楽章 メヌエット(Menuett)イ長調
L.R.ボッケリーニ

<歴史>
1771年にチェロ演奏家として名高いボッケリーニによって作曲された。ボッケリーニ全作品の中で最も有名な曲として知られていて、特に第3楽章のメヌエットは通称『ボッケリーニのメヌエット』として親しまれている作品。 今日ではピアノ曲にも編曲されて演奏されることも多い。作曲時から1世紀後に、突如フランスで有名になったと言われている。

Ⅰ『L‘heure bleue』舞台創りに迫る
L‘heure bleueインタビュー
参加者:イリ・ブベニチェク氏・岡博美・吉留諒

東京シティ・バレエ団で「L‘heure bleue」を公演するのは、2016年以来6年振りになります。
今回指導のため来日されたイリ・ブベニチェク氏と前回出演した東京シティ・バレエ団の岡博美、今回新たにキャスティングされた吉留諒が 「L‘heure bleue」について語っています。

イリ:
16歳の時はじめて日本で踊って以来、何度も何度も来てますが、日本に来るのはいつも大好きです。日本のダンサーやスタッフと一緒に仕事をするのは喜びです。皆とても親切で歓迎してくれますし。2016年以来あまりに長い時間で、来るのが待ち遠しかったんです。だから、ここにいることができてとても幸せです。どうもありがとう。

再会、新たな出会い

イリ:
彼女(岡)は美しいダンサーで、私のミューズでもありインスピレーションのようなもので、前回はとても芸術的で協力的なワークをしてくれました。

岡:
私はとにかくまた会えて嬉しい!というのが最初の感想です。

吉留:
リハーサルが始まって振り渡しのコネクションの時でしょうか。それまでイリの現役時代の踊りを1回も見たことはなかったのですが、素晴らしいダンサーだったということが、踊って見せてくれる時にすごく感じられました。それが第一印象です。

リハーサルの感想、心がけていること

岡:
イリの目配りが良くて、音楽的なことでも的確に表現してくれるし、動きが自然というか、ダンサーたちが自由になるようにすごく見てくれているなと感じます。

吉留:
踊る前に例えば、フレームの2人のパートだとこういうイメージで踊ってほしいと先に言ってくれるので感情が作りやすいんです。イメージが湧いてくるから出してくれるクリエーションに対して自分が解かることができるというか。

イリ:
常にダンサーが心地よいと感じること。もちろん、難しいことではあるのですが、観客に対して、協調性があり、自然で、こんな感じなんだと思ってもらわなければなりません。ダンサーが踊っている間は、ダンサーと一緒にリラックスして楽しんでほしいのです。
衣裳、照明、ダンサー、音楽、すべてが最終的には一つのものになり、作品に流れ込むことが必要です。そして、それらがすべて美しく見えるようにするために、音楽は描写され続けることが重要です。 つまり、パズルのピースのように、最終的には1つの絵になるのです。

イリ氏の舞台創り

イリ:
ダンスに対する情熱があって、私たちは踊ることが大好きなのです。 私はいつも東洋とか西洋とか、文化が違うとかいうことではなく、その役柄の人と一緒に仕事をしようと心がけています。 だから、私の振付で踊ってくれるダンサーのために距離間を縮めて踊ってみせています。ダンサーが踊ったら、その人の顔に近づきすぎるくらいの位置でやってみせる。そうすることで、そのダンサーが舞台でソロを踊ったときには、以前ここで踊っていたときとは全く違って見えるのです。

岡:
バランシンもそうですし、振付家の方は「自分はこう考えているので、こういう風にやってほしい」と振りが決まっているというのが多いですね。 イリは、体格の大きい小さい、細いがっちりしている、動きの質など、一人ひとりにフィットするように作り変えてくれます。そのことにためらいがなくて、変えることに対して全然それはそれでいいんだよって言ってくれます。

吉留:
自分のスタイルを作って、みたいな感じですよね。

岡:
そうそう、動きやすい、踊りやすい、それがフィットするのはどっちかな?と合わせてくれたりとか。 7年前、初演の時に来てくださったときから一人ひとりのダンサーに対して尊敬をもって接してくれると感じていたのですが、今回も変わらず、そこを大事にしてくれています。

イリ:
ダンサー一人ひとりが背後に異なる物語をもっています。みなそれぞれです。私は指導に呼ばれたバレエ団に、2〜3週間または1ヶ月、最大2ヶ月間、ダンサーを知るためにコンタクトを取ろうとしますが、私は最初、誰のことも知らないのです。 だから、私がどのように踊っているかを話しているときに、私が見ているもの、感じているものは、ダンサーたちとは少し違う感覚なのです。だから私は、若いダンサーが、時には隠された、いままでとは異なることが起こることを引き出すために、手助けしようとします。 でも、そのダンサーの背景にある文化を知るには、十分な時間ではないかもしれません。 日本の文化についてもっと知るためには、私の妻のように、何年もここで過ごさなければならないでしょう。

いろいろな国で仕事をしていますが、文化も仕事のやり方や考え方もそれぞれ違っていて、ちょっと上手くいかないこともあります。ドイツや日本は組織的ですね。

お客様へのメッセージ

イリ:
できることなら、みなさんをご招待したいです。とても美しいパフォーマンスだと思うから。3つの作品が立ち並び、これぞダンスの歴史という形で一度にご覧いただくことができるのです。 それはとても貴重なことです。バレエを観たことがないお客様にも、リラックスして私の作品を観て楽しんでもらえると思います。とても楽しみです。

吉留:
バランシンからフォーサイスへ、ルール・ブルーも新しいバレエということで、古典バレエからの変化が分かりやすい3作品になっているのが、 今回の「トリプル・ビル2023」の一番の魅力です。それぞれの作品を観ていただき、バランシンの正確な音取り(吉留は『Allegro Blliante』4日出演)、 フォーサイスのグループ内のドラマなど、バレエが変化していく様子を、通してご覧いただきたいです。

岡:
ルール・ブルーという作品が素敵なのは、イリ自身がとても素敵だからだと私は思っていて、ダンサーとしてもそうですが、人間としての考えだったり、雰囲気を持っているところも私はすごく尊敬しています。それが日々のリハーサルの中でも感じられて、きっと作品の雰囲気にも関わっていると。 イリとリハーサルを重ねる中で、もっとダンサー一人ひとりがきっと変わっていくことで、何か開くものがあるだろうし、それが舞台上で光っているところって、とても素敵だろうなと私は今ワクワクしています。 ルール・ブルーだけでなく、ほかの作品もそういう部分を持っていると思うので、映画館で映画を観るような感覚で今、目の前で起こっていることを楽しんでもらえたらなと思います。

Ⅱ『L’heure bleue』の舞台創りを紐解く
バレエミストレスの立場から『L’heure bleue』の舞台が出来上がっていく印象

若林美和
Miwa Wakabayashi


5歳よりバレエを始める。渡辺郁子に師事。東京シティ・バレエ団研究所を経て、2000年東京シティ・バレエ団入団。「白鳥の湖」パドトロワ、三羽の白鳥、「ジゼル」ミルタ、ペザント、「コッペリア」祈り、「くるみ割り人形」スペイン、アラブ等、バレエ団公演の主要ソリストを多く務める。 新国立劇場オペラ「アイーダ」の巫女の長を踊る。また、上田遙、三浦太紀、能美健志、小林洋壱等振付家の作品にも多数出演。現在、当団ミストレスとしても指導にあたる。

舞台創りを高めていくために

Q1 前回と比べて今回の舞台創りに関してどのような印象をお持ちですか?

前回はイリ氏に初めてお会いし、東京シティ・バレエ団のために6曲新作を創って下さいましたので、ダンサー達はまずその場で動きを見て1から振りを覚えることからスタートしました。 今回はすでに本番を経験したダンサーも数名おりますし、イリ氏来日1カ月前から12曲の振り起こしをし、来日されてからのリハーサルは手の通り道や脚の運び方、カウントの取り方とより細かな部分のご指導からスタートしております。

Q2 前回ミストレスとして関わられた際にはどのようなことを意識されましたか?

7年前…その頃はまだミストレスの仕事を始めて1,2年で、以前に海外からの振付家の作品に携わったこともありませんでしたので、先輩ミストレスの高木糸子さんに教えて頂きながら進めていきました。 ダンサー達は同時期に『くるみ割り人形』の本番もあり、スケジュール管理や体調管理には気を配りました。 当団の為に来日して下さったイリ氏に時間をかけて気持ち良く仕事をしていただくためには何が必要かを意識しました。

Q3 今回本番までどのような形で完成度を高めていこうと思っていらっしゃいますか?

頂いたコレクションに向き合い、チームワークを持って練習に励んでいけば自ずと完成度は高まっていくのではないかと思います。 半分以上のダンサーが前回とメンバーチェンジしており、イリ氏もそのダンサーにあった振付を新たに考えて下さいます。 広いスタジオでの練習の時には全体を通して空間の把握をできるように、小さいスタジオの時は細かい部分の見直しと限られた時間と場所の中でもうまく使い分けて完成度を高めております。

この作品を演じるダンサーたちに期待するもの

Q1 ダンサーにイリ氏の振付を指導されるにあったって気を付けていこう、ここに力を入れていきたい点

1つ1つの単体の動きだけにとらわれず、全体のムーブメント、形を把握し、イリ氏が求めている振付スタイルに近づけるよう、外からの客観的な目でサポートできればと思っております。 又、この作品は演劇的な表現も多いので、そのお洒落なエッセンスも大切にしていきたいです。

Q2 魅力を引き出すための意気込みや思いをお聞かせください

1枚1枚の絵画の中の個性ある人物の様にダンサー達が自由な表現を見つけ出し、それぞれの魅力を引き出していってもらえればと思います。 本番までの残り少ない期間、目の前でイリ氏がお手本を見せて下さって直接ご指導下さるこの瞬間を、私も含め全員が特別な時間と感じ大切にしていきたいです。 ダンサー達が練習を積み重ねて得た自信が最高のパフォーマンスに繋がることと期待しております。

最後に観客の皆様へのメッセージをお願いします

今回のトリプル・ビルは現代舞踊史を辿るような3作品となっております。 舞台は一瞬一瞬が貴重な時間であり、その一瞬のためにダンサー達は練習を日々積み重ねております。 その瞬間を皆様と共有できることは私達にとって喜びです。 振付、音楽、衣裳、照明と様々な要素が一体となった本公演を楽しみにお越し頂ければと思います。