──オペラ等と比べて、バレエ用衣裳のおもしろさ、難しさはどんなところに感じていますか?
バレエの衣裳は、ダンサーの動きを邪魔する事なく、しかも彼らの身体を美しく見せるためにデザインされなくてはいけません。私は、特に時代物の衣裳が好きでこの世界に入りました。時代衣裳を本物らしく見せるためには、それなりの生地の分量が必要になるので、その分重量も出てきます。バレエの衣裳ではそのままでは使えない場合も多いのです。そこで色々な時代のエッセンスのみを取り出し、バレエの衣裳の様式美にはめ込んでいきます。これは難しいですがとてもやりがいのある仕事です。
──衣裳の生地選びについて教えてください。
衣裳は選ぶ生地でずいぶんと様子を変えます。色、素材感、軽さ、重さ、などいろいろと検討して動きやすく美しい素材を選んでいきます。日本でみつからないものは、海外の生地サンプルを探したりもします。日本と欧米の生地の大きな違いは色味でしょうか。日本では作らない色の生地が海外にはあったり、その逆もあったりします。既存の色がみつからない場合は染めて希望の色に近づけたりします。
──今回のデザインのイメージソースについて教えてください。
白鳥の湖の舞台は中世ドイツですが、今回はあまり場所や時代にこだわらないで始めました。まず、ひとの世界である1、3幕と、半ば幻想の世界の2、4幕に大きく分けて考えてみました。1、3幕の登場人物の王妃、友人達等は生身のひとですので、人間らしさがでるシェイクスピア劇のようなイメージで、2、4幕の幻想の世界の住人たち、ロートバルト、呪いをかけられた白鳥達は、ある意味この世のものではないので「ひと」から離れたイメージを持たせたいと思いました。白鳥達のチュチュはクラシックバレエのヴィジュアルな部分を象徴していますので、シンプルにより美しく作り上げたいと思いました。ロートバルトは梟(フクロウ)のモチーフを入れながら、他の衣裳よりも時代を遡った雰囲気が出るよう考えました。
──各国の民族衣裳はどのように考えられましたか?
3幕の民族衣裳には、他の衣裳の時代的要素に比べると現代に近い各国のイメージを混在させました。チャイコフスキーの時代、19世紀後半に流行したエキゾチズムとも関係があると思いますが、その頃のバレエ、オペラ作品には多くこのような民族的要素が見られます。流行ものを取り入れていたわけですから、当時も同時代の観客に分かるイメージで作られていたのでしょう。スペインはフラメンコと闘牛士、チャルダッシュにはハンガリーのユサール兵の雰囲気を、ナポリは明るくコンメディア・デル・アルテ(※)のキャラクターのような衣裳を、マズルカにはオリエンタルな影響が残るハンギングスリーブを使っています。
※16世紀中頃に、イタリア北部で生まれた仮面を使用する即興演劇の一形態。(イタリア語:Commedia dell’arte)
衣裳デザイナー Costume Designer
小栗 菜代子 OGURI, Nayoko
愛知県出身。早稲田大学第二文学部卒業後、「工房いーち」林なつ子氏のもとで衣裳制作を学ぶ。イタリアに渡り、国立美術学院 Accademia di Belle Arti di Rome にてディプロマ修得。琵琶湖ホールのヴェルディ・オペラシリーズでスティーブ・アルメリーギ氏のアシスタントを務めデザインの現場で研鑽を積む。アントニー・マクドナルド、ロバート・パージオーラ各氏の衣裳アシスタントを担当。
日生劇場『マクロプロス家の事』、東京二期会『ワルキューレ』『カプリッチョ』『カヴァレリア・ルスティカーナ』『パリアッチ』『チャルダーシュの女王』、東京室内歌劇場『曽根崎心中』『オルフェオ』『妻を帽子と間違えた男』『往きと復り』などの衣裳をデザイン。
東京シティバレエ団では『ロミオとジュリエット』『ジゼル』『白鳥の湖』の衣裳を手がける。
ローマ在住。
ステージの照明を浴びた衣裳たちが、それぞれのキャラクターをどう紡ぎ出しているのか?
ご自身の目で、ぜひお確かめください。