国内外、今まで数々のバレエ公演の指揮を務めた井田勝大氏。
Kバレエカンパニー、シアターオーケストラトーキョーの音楽監督としても広く知られている井田氏が、この夏『白鳥の湖~大いなる愛の讃歌』で再び指揮を執る。
東京シティ・バレエ団ならではの4幕の個性と『白鳥の湖』の音楽性とその魅力について紐解いていただいた。
鳥取県生まれ。東京学芸大学音楽科卒業、同大学院修了。2003年から来日オペラ団体の公演に制作助手として携わり、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、東京のオペラの森などで小澤征爾、ズービン・メータのアシスタントを務める。2004年、江戸開府400年記念東京文化会館事業「あさくさ天使」に副指揮者として参加。2007年11月、Kバレエ
カンパニー『白鳥の湖』公演でデビュー。以降、Kバレエカンパニーの多くの公演を指揮するほか、国内外のバレエ公演を指揮。
また、音楽制作ではKバレエカンパニー「カルメン」「クレオパトラ」「マダム・バタフライ」において選曲、編曲を担当している。2009年4月、CD「熊川哲也のくるみ割り人形」をリリース。オーケストラとは東京フィルハーモニー交響楽団や東京交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、京都市交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団などと共演。
トランペットを田宮堅二、田中昭、山城宏樹に、指揮法を山本訓久、高階正光に師事。
現在、Kバレエカンパニー音楽監督、シアター オーケストラ トーキョー音楽監督。エリザベト音楽大学講師、桐朋学園大学特任講師。洗足学園音楽大学非常勤講師。
世界中で最も多くの演出が生み出されている作品、それが『白鳥の湖』ですが、 石田種生先生より組み上げられた演出は異彩を放ち独特の美しさを有しています。
その音楽の構成は日本のバレエ音楽指揮の第一人者であられる福田一雄先生と共に構築され、 プティパ=イワーノフ版を基本としながら過不足なく物語に寄り添うものとなっています。
特に第4幕においてはその独自性が十分に発揮され、東京シティ・バレエ団の崇高な結末に向け楽曲が濃密に組み立てられています。
間奏曲(No.25)の始まりを告げる弦楽器のアンサンブルは、あたかも白鳥たちが湖で羽をなびかせている様な美しいハーモニーと響きを持っています。その羽ばたきが湖面に伝わっていく波紋がハープのアルペジオにより表現されているように感じます。
しかし、この曲は元を辿れば『白鳥の湖』のために書かれたものではなく、オペラ『地方長官』第3幕の間奏曲として書かれたものをそのまま引用している部分です。音楽的なインスピレーションが情景にフィットしたもののように聴こえるのも、チャイコフスキーの音楽の奥深さを感じ取れる一面です。散文的に長さの違うフレーズが次々と現れる音楽の特徴を的確に捉えられています。
この間奏曲はしばしば次の情景(No.26)の音楽とミックスして編曲されることがありますが、チャイコフスキーの愛した間奏曲のモチーフが交響的に展開していくこの情景は重要な意味を持っており、オリジナルで演奏されるべきだと感じています。石田版ではこの交響的展開後の白鳥を表す静かな4度進行が浮き立つように演出されています。
カットされがちな「小さな白鳥の踊り」(No.27)も結末に向け果たす白鳥たちのキャラクターを見せるために重要な楽曲であり、流れのあるフレーズと白鳥たちのなだらかな動きを陰影をつけながら表現するように心がけています。
白鳥たちの嘆きとロートバルトの出現を表す情景(No.28)に続き、王子が現れ最後の情景(No.29)が始まります。ここで使用される音楽も『地方長官』第3幕から引用されたものですが、チャイコフスキーは渾身のメロディを最も重要と思われる部分に配置し、音楽的効果を最大限に活用しています。
石田版ではここで、白鳥たちがロートバルトから守っていたオデットを美しいフォーメーションで王子に託します。この最後の情景の間に、いわゆる「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」のアダージオが挿入されます。このパ・ド・ドゥに含まれる4曲は『白鳥の湖』初演後にアンナ・ソベスチャンスカヤの要望で新たにチャイコフスキーが追加で作曲したものです。パ・ド・ドゥのアダージオの楽曲ですが王子とオデットのみが踊るのではなく、コール・ド・バレエも一体となり結末に向かう決意を表しているような素晴らしい選曲だと言えるでしょう。
この曲が第4幕の終曲に挿入されていることは稀ですが、荘厳な響きを持ったこの楽曲のエネルギーは、白鳥たちも含めた大いなる願いを表現するのに相応しいものとなっています。
東京シティ・バレエ団とは10年以上に渡り多く共演させていただいていますが、月日が経とうとも変わらない一致団結した連帯感を持った素晴らしいバレエ団だと感じています。
ダンサーとオーケストラがそれぞれの良さを引き出し合う多くの瞬間を体験し合い、培ってきた信頼関係があれば自然に舞踊と音楽は融合できると考えています。互いが遠慮することなく良さを発揮し、寄せ合いながら物語を一緒に進めていくことが生の舞台の醍醐味であると思います。
『白鳥の湖』の結末をどのようなものにするのかということは、各プロダクションのイデオロギーにつながる重要な要素です。 東京シティ・バレエ団の結末もまた独特の味わいがあり、特にコール・ド・バレエと主役が目的のために共に支え合う美しさは、このプロダクションの主張したい大きなポイントだと考えています。
音楽で言えば前述のように、チャイコフスキーの自信を持っていた音楽を、引用をためらうことなく配置し、破滅へと向かう運命をひっくり返すエネルギーを持っていることが第4幕の音楽の魅力と感じます。
チャイコフスキーと石田種生先生の交わりあう感性が大きな海原のように押し寄せてくる、それこそが東京シティ・バレエ団の表現したい『白鳥の湖』なのです。
1975年4月、自主運営のオーケストラとして設立。現在、常任指揮者に高関健、首席客演指揮者に藤岡幸夫、桂冠名誉指揮者に飯守泰次郎を擁する。 年間100回を超える公演は、定期演奏会および特別演奏会だけでなく、オペラ、バレエ公演やポップスコンサート、映画音楽、テレビ出演、CD録音、音楽鑑賞教室まで多岐にわたる。特にテレビにおいては、テレビ朝日『題名のない音楽会』を通じてその新鮮な魅力溢れる演奏を披露し、日本全国で好評を博している。
地域コミュニティでの活動も積極的に展開。1994年から東京都江東区と芸術提携を結び、ティアラこうとうを主な拠点としてティアラこうとう定期演奏会をはじめとする各種コンサートや公開リハーサル、楽器の公開レッスン、音楽鑑賞教室、区内小学校へのアウトリーチ活動など、地域に根ざした音楽文化の振興を目的に幅広い活動を行っている。2015年4月、楽団創立40周年を迎え第4代常任指揮者に高関健が就任。
2019年3月にはウラジオストクとサンクトぺテルブルクにおいて團伊玖磨のオペラ「夕鶴」を高関健指揮のもと演奏し、日本のオペラ作品の魅力を海外に発信した。同年4月より藤岡幸夫が首席客演指揮者に就任。
2021年5月には桂冠名誉指揮者飯守泰次郎の傘寿記念として「ニーベルングの指環」ハイライト特別演奏会(演奏会形式)を開催。コロナ禍での開催ながら、海外から世界最高峰のワーグナー歌手陣を招き大成功を収めた。これからの活躍が最も期待されているオーケストラである。