STORY物語

王子の憂鬱。青春の区切りの狩りへ。第1幕 Act1 ~王子の居城に近い狩場。

ジークフリード王子の成人式を祝う宴が開かれている。今日ばかりは無礼講で、道化も愛嬌をふりまき、大そう賑やかである。
そこへ王子の母君(王妃)がやってくる。王妃は侍女に持たせた弩弓を王子に授けて、明晩の舞踏会に招待している王女のなかから、花嫁になる人を選ぶよう言い残して去っていく。
王妃のお出ましで中断されていた祝宴が、道化の音頭で生気を取りもどし、踊り上手な友人の踊り(パ・ド・トロワ)も披露され、王子の老家庭教師ボルフガングもおぼつかない足取りで踊りだす。結婚して王家を継ぐとなれば、こう気ままにはいかないだろう──そう思うと王子の心は憂鬱になってくる。
あたりが夕闇につつまれてきた。灯がともり、分かれの盃が交わされ、友人たちは家路につく。
ひとり残った王子が、ふと空を見上げると白鳥の群れが飛んでいく。彼は自由であった青春の最後の思い出に狩に行こうと思い立ち、弩弓を手にすると、白鳥を追って森の中へ分け入って行く。

運命の出会い。永遠の愛を誓う。第2幕 Act2 ~森の奥、湖のほとり。

月明かりをちりばめて湖が光っている。湖畔にたどり着いた王子は、美しい白鳥を見つけ、矢をつがえてあわや放とうとしたその時、その白鳥は美しい娘の姿に変わる。白鳥の女王オデットである。オデットは王子に、悪魔ロートバルトに白鳥に変えられた身の上話を語る──この湖のほとりで夜の間だけ人間の姿に戻ることができるが、悪魔は梟(フクロウ)の姿になって彼女たちを監視している。そしてこの呪縛は、今まで誰も愛したことのない青年の、真実の愛の誓いによってのみ、解くことができる──と。オデットの美しさに魅せられたジークフリードは、彼女に永遠の愛を誓う。
束の間の乙女の姿に戻った白鳥たちがつぎつぎと現れ、美しい群舞を踊る。──幼い白鳥の四羽の踊り、ダイナミックな三羽の踊り、そして清楚なオデットのソロ──王子はそれらに見とれて、その場を立ち去ることができない。
次第に東の空が明るみ出すと、オデットは再び白鳥の姿に戻って去っていく。

悪魔の誘い。偽りの愛に欺かれる。第3幕 Act3 ~城内の広間。

華やかな舞踏会。各国から招かれた花嫁候補の令嬢たちで賑わっている。けれども、王子の心はオデットへの想いで一杯、王妃にうながされて彼女たちと踊るものの、どこか上の空である。
その時、ファンファーレが鳴り、騎士に変装した悪魔ロートバルトが登場する。彼は娘オディール(黒鳥)を、オデットと見間違うほどよく似た姿に仕立てて連れている。王子はそれが悪魔の仕掛けた罠とは知らずに、オディールに引き寄せられていく。
大広間では、悪魔が伴ってきたスペイン舞踊を皮切りに、ハンガリーの民族舞踊チャルダッシュ、イタリアの明るいナポリターナ、ポーランドの勇壮なマズルカが華々しく踊られる。
最後に王子とオディールが華やかにグラン・パ・ド・ドゥを踊り終えると、王子は彼女をオデットだと信じこみ、王妃に向かい、彼女を花嫁に選ぶことを宣言する。
その瞬間、大広間は闇につつまれ、嘲笑する悪魔の指さす先に、誓いを破られ悲しみに打ちひしがれるオデットの姿が浮かび上がる。
王子は悪魔に欺かれたことを知り、愛するオデットのもとへ急ぐ。

立ち向かう勇気。大いなる愛の讃歌。第4幕 Act4 ~再び森の嘆きの湖畔。

夜の湖畔で白鳥たちが、城へ向かったオデットを不安な思いで待っている。自分たちにかけられた呪いが解けるかどうか、運命はジークフリードとオデットの愛の成就にかかっているのだ。悲しみにくれて戻ったオデットが、王子の心変わりを白鳥たちに語ると、もう永久に人間に戻ることのできなくなった白鳥たちに、深い悲しみが広がっていく。
そこへ王子が駆けつけ、悪魔に欺かれてしまった己の弱さを詫び、オデットに許しを乞う。王子の心からの懺悔に心をゆり動かされた白鳥たちは、王子とともに悪魔に向かって立ち上がる。猛り狂った悪魔は嵐を呼び起こすが、王子と白鳥たちは勇敢に戦い、ついに王子は悪魔を倒す。 
空が白み始めると、白鳥たちは元の乙女の姿に甦り、大いなる愛の讃歌をうたいあげていく。

解説『白鳥の湖』の物語~石田 種生

背景を知る。ジークフリード王子の生い立ち。

『白鳥の湖』は、一体いつ頃の話なのか。

はっきりした時代のト書きはないけれども、1877年3月4日ボリショイ劇場で初演された時のオリジナル台本(V・P・ペギチェフ、V・ゲルツァー)にたびたび出てくる「騎士」という言葉や、木版画で残されているジークフリードの衣裳などから、この物語の時代は中世とみてよさそうである。その頃のヨーロッパの国々は、いずれも多くの諸侯(領主)によって分割統治されており、国家といってもその実体は、諸侯の領地の集合体にすぎなかった。

『白鳥の湖』の主人公であるジークフリード王子の家も、ドイツのある地方を治めている諸侯のひとつで、早くに夫の領主をなくした王妃は、一人息子ジークフリードの成人を待ちわび、できるだけ有力な領主の娘と縁結びさせて自家の安全を計りたいと願っていた。──と想像される。当時の領主の子弟たちは、成年に達すると荘厳な儀式をあげて騎士の列に加わった。こうした騎士階級の出現とともに、騎士道といわれる独特の気風が発達しはじめる。最初は粗暴なものだったが、キリスト教の感化を受けて次第に洗練され、忠誠・武勇・名誉を重んじ、貴婦人を尊敬し、弱い者を保護するのが騎士の道徳となった──このような環境の中で、王子ジークフリードは育ったのである。

全幕を通して、この時代の2日間を描く。

『白鳥の湖』の物語は、こうした時代をわずか二日間の出来ごとのなかに収めている。
最初に王子が登場するのは、彼の成人式の当日である(第1幕)。成人式は午後おそく行われるのが当時の習わしであった。王子が湖畔でオデットを見染めるのは、その日の夜中である(第2幕)。

城の大広間で催される舞踏会(第3幕)は、初演台本の第1幕に「明日の舞踏会で、花嫁を選ぶように…」という王妃の台詞が書いてあるから、翌日のことになる。舞踏会は二度目の食事、つまり夕食の後に行われた。その食事は中世期では、だいたい日の暮れる前の午後五時から七時の間にするのが普通であった。ちなみに、一日に三度の食事をとるようになったのは、電灯が普及してからのことである。

舞踏会の開かれた大広間は、城の中央にある最も重要な部屋で、真四角なもの円形のものもあったが普通は長方形で、長辺の両側は内庭と外庭に面し、短辺の片方は領主の個室に、もう一方は台所や食糧室に通じていた。

最終幕は、舞踏会の日の夜中から明け方にかけてのことである。

PROFILE

演出・振付

石田 種生 Taneo Ishida (1929-2012)

慶応義塾大学在学中、バレエ研究会を設立し、松尾明美・松山樹子に師事。服部・島田バレエ団、青年バレエ・グループ、松山バレエ団を経て1968年東京シティ・バレエ団を設立。以後多くの作品に主演する傍ら、『白鳥の湖』『エスメラルダ』『せむしの小馬』などを演出・振付。また、日本の風土を題材にしたバレエの創作をライフワークとし、『祇園祭』『枯野』『お夏・清十郎』『妖』『女面』など多数発表。著書『舞踊 生と死のはざまで』等。1955年音楽新聞新人賞、1983年文化庁・舞台芸術創作奨励賞、1988年橘秋子特別賞、1996年ニムラ賞、東京新聞舞台芸術賞、1997年紫綬褒章、1998年舞台芸術功労賞、2003年勲四等旭日小綬章。