CHOREOGRAPHY構成・演出・振付

INTERVIEW
東京シティ・バレエ団「ロミオとジュリエット」について
痛みさえ忘れるほど、純粋な愛を駆け抜ける
構成・演出・振付
中島 伸欣
Nobuyoshi Nakajima
2012年プログラムインタビューより

<PROFILE>

スターダンサーズ・バレエ団を経て1974年東京シティ・バレエ団入団。「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ジゼル」「くるみ割り人形」「シンデレラ」などの古典作品、創作バレエ「雪娘」「昭和25年、もうひとつの夏」(石田種生振付)「ケイク・ウォーク」「トッカータ」(石井清子振付)ほかに多数主演。82年アメリカ国際バレエ・コンクールで特別審査員賞受賞したのち、文化庁在外研修員として、イギリス、アメリカに留学。83年よりアメリカのタン・パ・バレエ団とゲスト・アーティスト契約を結び、「ロミオとジュリエット」「ジゼル」などに主演する。90年より、振付家として本格的に活動を開始。新国立劇場『J-バレエ』にて「Nothing is Distinct」を発表するほか「シャイニング・ブルー」「アンブラッセ・ル・タン」「失われた家族」(1993年度ベスト・スリー賞)「シンデレラ」「月の柩」(名古屋市芸術賞)「黒い羊たち」「弦楽四重奏第二番」「リ・バランス」「フィジカル・ノイズ」「カルメン」「ロミオとジュリエット」を上演。時代性を映し出すドラマチックな作品づくりと登場人物の鮮やかな描写に好評を得ている。 公益財団法人東京シティ・バレエ団理事。東京シティ・バレエ団監督。

2012年の「ロミオとジュリエット」初演では、テンポのよいスピーディな展開が印象的でした。

これまでも色々なバレエや舞台の「ロミオとジュリエット」が上演されていますが、自分で演出する時には“暗転”なしで、もっと音楽的な転換をしてみたかったんです。それは舞台のもつ時空間の制限に対するチャレンジでもあり、現代人の「観る体力」に合わせて短くしたいという思いもありました。それに、ロミオとジュリエットが生き急いでいる、あのスピード感を表したかった。その結果、可動式の装置を使うアイデアを考えました。

なぜ二人はそんなに生き急いでいたのでしょうか。

ジュリエットには、家で決められた婚約者がいて、間もなく結婚させられるというタイムリミットがある。だから、もうロミオと結ばれるには今しかない!と。サケの産卵って、何であんなに大変な思いをして傷だらけになりながら川をさかのぼるんだろうと思うけれど、それに近い本能的なものなんじゃないかな。痛みよりも何よりも「一つになりたい」という本能が強くて。そんなものすごいパワーが、二人の疾走感になっているんだと思います。普通のバレエ作品ではバルコニーでの甘い幸せなシーンで1幕目が終わり、一旦休憩が入りますが、この演出では、その二人の幸せな時から一気に悲劇までつなげることで、そのスピード感を出しています。

スピード感と同時に、わかりやすさもありました。

例えばロミオとジュリエットのすれ違いや悲劇には、原作ではさまざまなことが絡み合っているんですね。ロレンス修道士の手紙がロミオに届かない背景には、その時に流行したコレラのために、移動できずに足止めを喰らったことがあったり、ロミオが毒薬を手に入れるためにもさまざまな苦労があったり。映画や演劇よりも抽象的な表現となるバレエで、説明をあれこれと盛り込むことはできないですが、バレエの素養の無い自分の母親が観てわかってもらえるかな、友達が観ておもしろいと思ってもらえるかな、ということを想像しながら、物語を舞踊劇として伝えるための工夫をしています。

「運命」というものを擬人化して登場させたのもその一つで、何を説明し、何を省略するか、取捨選択はずいぶん考えました。

石井清子氏との振り付けの組み合わせはどのようにしたのでしょうか。

清子先生(とバレエ団内で親しみを込めて呼ばれている)には、主に街のシーンなど、具体的なストーリー展開の少ない場面を担当してもらいました。実はそういうシーンを振り付けるのは非常に難しいし、力の要ることなんですが、彼女はそれが本当に巧い。表現に音楽的な美しさがあり、ご本人も美しい音楽の振付が好きなんです。長年の仕事を通してお互いの個性をわかり合っているから、得意な部分を出し合うことができるのですが、その方がお客様の目から観ても、楽しめるんじゃないかと思います。

ロミオとジュリエットには、どんなアドバイスをしていますか。

舞台はヴェローナですが、住吉のロミオ、住吉のジュリエットでいいんだ、と言っています。原作者のシェイクスピアはイギリス人で、彼にとってヴェローナの街は外国だったわけで、そういう意味では僕らが外国を舞台に作品をつくるのも同じなんですよね。そこに描かれている魂さえ表現できれば構わないわけですから、主に心情表現の面を中心に人物像をつくっていくことを心がけています。

何か参考にした舞台や作品はあるのでしょうか。

バレエとは全然関係ないのですが、以前テレビで見かけて忘れられないドキュメンタリーがあるんです。
全盲の少女が、風を受けたくて自転車に乗ろうとする。
当然、何度も転ぶんです。僕なんかは、危ないからやめなさい、と言ってしまいそうですが、そのお父さんはずっと見守っているんですね。何度も転んで擦り傷を作りながら、少しずつ走れるようになる。初めて自分の力で自転車をこいで風を受けた少女の笑顔が、本当に楽しそうで嬉しそうで……。ロミオとジュリエットも、ただ風を受けたかったあの少女のように、ただ一緒になりたかった。
痛みやしがらみなんか忘れるくらいに。そんな究極の純粋さに、人はいくつになっても憧れるんだと思います。

Salon De Tiara
サロン・ドゥ・ティアラ 2019年6月8日
構成・演出・振付
中島 伸欣
Nobuyoshi Nakajima

<PROFILE>

スターダンサーズ・バレエ団を経て1974年東京シティ・バレエ団入団。「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ジゼル」「くるみ割り人形」「シンデレラ」などの古典作品、創作バレエ「雪娘」「昭和25年、もうひとつの夏」(石田種生振付)「ケイク・ウォーク」「トッカータ」(石井清子振付)ほかに多数主演。82年アメリカ国際バレエ・コンクールで特別審査員賞受賞したのち、文化庁在外研修員として、イギリス、アメリカに留学。83年よりアメリカのタン・パ・バレエ団とゲスト・アーティスト契約を結び、「ロミオとジュリエット」「ジゼル」などに主演する。90年より、振付家として本格的に活動を開始。新国立劇場『J-バレエ』にて「Nothing is Distinct」を発表するほか「シャイニング・ブルー」「アンブラッセ・ル・タン」「失われた家族」(1993年度ベスト・スリー賞)「シンデレラ」「月の柩」(名古屋市芸術賞)「黒い羊たち」「弦楽四重奏第二番」「リ・バランス」「フィジカル・ノイズ」「カルメン」「ロミオとジュリエット」を上演。時代性を映し出すドラマチックな作品づくりと登場人物の鮮やかな描写に好評を得ている。 公益財団法人東京シティ・バレエ団理事。東京シティ・バレエ団監督。

『ロミオとジュリエット』の物語について

この作品を手掛けてみて、シェイクスピアは天才的な戯曲家だと改めて思います。
ストーリーの「起」「承」「転」「結」それぞれの中に更に細かく起承転結が存在していて、全てがまとまると偉大な物語になるように設計されています。なので、その通りに演出して行けば、演劇なり、舞踊が成立するように出来ているんです。

数あるシェイクスピア作品の中でも、『ロミオとジュリエット』は、バレエに向いている作品だと思います。(演劇よりもバレエとして演出する方が、原作の戯曲に迫れているんじゃないか?と。)
なぜなら本質がしっかりしているし、細部が分からなくても全体像を想像できるように出来ているからです。大勢の登場人物が出てくる中、観客からすれば、誰が誰なのか?混乱してしまいそうな状況の中でも、役柄で、衣裳の色を分けて演出することで、非常に分かり易いものに変わります。
もちろん、セリフの持つ力は大きいので、セリフのある、なしで全く印象が変わってると思いますが。

シェイクスピアも本質を語りたいシーンでは「詩」にしていますよね。
普通のセリフから、詩を読むような流れに変わっていくんです。例えて言うならオペラのイメージに近いでしょうか。
こうした使い分けを巧みにすることで、観る側にセリフの本当の意味を伝えようとしたんじゃないかと思います。この手法が音楽的というか、舞踊に近いと感じるんですよね。

シェイクスピアは、種本を昇華させている

シェイクスピアは、全ての作品で、種本(元になる本)を参考に作っていると言われています。その特徴を2つほどご紹介します。

1.脇役を使って物語を引き立てる

例えば、キャピュレット家のティボルトは、種本では、ジュリエットの隣に座っているだけの貴族でしたが、とても重要な役割を担う人物へと変更されています。
乳母の役柄も、目立たない使用人だったのが、ジュリエットの育ての親で、貴族社会と俗世間を結ぶ大切な位置に描かれています。
脇役を、天才的な構成力で物語を引き立てる重要人物に劇的に成長させています。

2.冒頭の乱闘シーンからスピーディな展開で観客の心を掴む

種本では、9ヶ月間で語られている物語を、たった5日間の話に凝縮させています。
「なんだこれ、誰も寝てねーぞ!」という感じで、スピーディにどんどん物語が進んで行ってしまいます。当時のグローブ座は、天井が抜けていて、照明も、いわゆる座席というものもありません。2,000人ほど入っていたと言われている当時のグローブ座では、色んな階層の観客を前に、役者たちが生の声で演じていました。恐らく、劇場内はとてもざわついていたと想像しますが、冒頭、いきなり乱闘シーンから始まることによって、観客は引き込まれて観ていたと言われています。

今回の「ロミオとジュリエット」の演出も、お客様に緊張感を持っていただこうと考えて、この形にしています。また、当時の場面展開は、お客様の想像力をかきたてるよう、映画やTVでするようなクロスフェードなどの演出法で飽きさせない工夫をしていました。私が考える演出方法と共通するものがあります。

『ロミオとジュリエット』演出の特色について

「演出と音楽に対する向きあい方」

試行錯誤することが演出を高めることであり、楽しみな部分です。
通常、ダンサーに対しては、それぞれに合った指導の仕方やダブルキャストへのアプローチの工夫を積み重ねることで演出の「幅」を創っていくんですが、プロコフィエフの音楽作品だとそれができないくらいの縛りがあります。「この音楽ならこう」と決められてしまうので、非常に演出家泣かせなんです。ですが、そこはなんとかのめり込んで、付き合って個性を出して行こうと思います。

「可動式の舞台装置の採用」

僕は、モノを動かすのが好きな方です。
そして、シェイクスピアの戯曲はTV的で、とても速い展開です。そこで、スピーディにクロスフェードする演出をしたいと考えて可動式の舞台装置を採用しました。
舞台の上部から装置が降りて来たり、サイドから装置が出て来たり、上下する幕でその場面を表現したり、時間的な変化は照明で表して~と、チャンネルを変えるように場面を変えています。

ただ、セットを動かす場面はとても狭くて暗いんですね。その中でセット(金属製のパネル)を手動で機械的に動かすのは、とても難しい作業になります。それは充分に理解していながらも、「音楽に合わせて柔らかく動かして!」「そこ堅いよ!」とかスタッフにリクエストすると……「だから中島さんの演出は~」と、ほんとに嫌がられます。でも、やったあとには、「またやりましょう」と言って貰えるんですが……(笑)。

※映像や音を次第に薄く小さくしていく代わりに、別の映像や音を次第にはっきり大きくしていくテレビやラジオの技法。:三省堂大辞林より引用