MUSIC音楽

Salon De Tiara
井田勝大と、プロコフィエフ版『ロミオとジリュエット』
サロン・ドゥ・ティアラ 2019年6月8日

プロコフィエフは不思議な作曲家。

井田:理論で簡単に括れる作曲家ではありません。とても直感的に「こんな感じ。どう?」と提案するように音楽を書いているので、聴く方も、直感で理解することでプロコフィエフという作曲家が見えてくると思います。

1891年、ウクライナのドニプロで生まれました。
父は広大な牧場の所有者で比較的裕福な家庭。母はピアノが得意でショパン、ベートーヴェン等を隣に座らせて聴かせたというエピソードがあります。母が弾くピアノを真似したり、そこから新しいものを弾いてみたり、ということを始めます。このプロコフィエフの自由な発想を、母が五線譜に書き出していました。この家庭環境の影響から「都度、書き留めておく ⇒ 譜面に起こす」というのが癖になっていたと言われています。

また、プロコフィエフは、性格的に“根に持つ”タイプだったと言う話があります。当時、ボリショイ劇場の指揮者だった作曲家タニェエフに自分が初めて書いた交響曲を見せたところ、タニェエフは、「少し和声※が粗すぎるなぁ」という感想を伝えました。プロコフィエフは、このことを根に持って書き留めておきました。しかし、逆にそのことを後々、彼は良い方に捉え、自らの個性として進化させました。根に持つタイプだったからこその面白いエピソードです。

作風は5つの要素で形作られています。

井田:1つ目は古典的な要素。幼少期に母から聞かされてきたショパン、ベートーヴェンなどの楽曲から、古典的な先人たちのスタイルを習得しました。『ロミオとジュリエット』では、メヌエット、ガボット、マドリガル、などの古典舞曲の種類が用いられています。
彼がもっとも得意としている2つ目は、近代的な要素です。指揮者タニェエフに「少し和声が粗っぽい」と言われたことから生まれたもので、後にとてもパワフルな音楽へ昇華されるきっかけになっています。

3つ目の要素は、トッカータという常動曲の要素です。『ロミオとジュリエット』では、喧嘩のシーンなどで、同じフレーズで延々と続けられる要素です。音楽で言うと終止を見せない、解決を見せないまま展開し続けシーンが終焉するまで続けられる形になります。

そして、4つ目の要素が叙情的な要素です。プロコフィエフは若いころ、この叙情的な要素を用いることは不得意だったのですが、最終的に自分が一番伸びた要素として語っています。『ロミオとジュリエット』を書かなければ、彼の後期のバレエ作品やシンデレラ等にも使われなかったですし、『ロミオとジュリエット』があったからこそ、この叙情的な要素は伸びたと思われます。作中で言えば、愛のテーマや、愛を夢見るテーマで用いられています。

最後の5つ目の要素は、グロテスクな要素になります。彼の言うグロテスクな要素とは、ちょっと嘲笑的な、面白おかしい、人を小ばかにしたような要素のことを指しています。『ロミオとジュリエット』で言えば、乳母のテーマがこれにあたります。

この5つの要素をプロコフィエフ自身が20代の頃に既に語っていて、彼の音楽的な信念や、彼の作風は、若いころから全く変わっていません。信念を持って描いている作曲家であり、『ロミオとジュリエット』はまさに彼の後期作品の「集大成」ということを感じながら公演を楽しんで頂ければと思います。

プロコフィエフ版『ロミオとジュリエット』の特徴

井田:まず大きな特徴として、音楽専門用語でいうライトモチーフを使った作曲をしています。ライトモチーフは、登場人物を表現する曲として使われるものを指しますが、プロコフィエフは、登場人物とその心情をミックスした形で表現しています。なので、登場人物を描くために、主題がいくつも存在する形で表現されています。例えば、ジュリエットは2つ、ロミオには3つの主題が存在しています。このあたりもプロコフィエフならではの音楽性だと思います。

2つ目は、『ロミオとジュリエット』ではオーケストラピットに入らないくらい多様な楽器を用いていることです。一番代表的なのは、教会のシーンが代表的なマンドリン、有名なバルコニーシーンではオルガンを。東京シティ・バレエ団の公演では、チャーチオルガンを使って演奏します。実はこのオルガンの音は、福田一雄先生が、わざわざ玉川学園まで行って録音した音なんです。今回のティアラこうとうでの東京シティ・バレエ団公演に合わせて用意したものですので、オルガンの音が聞こえてきたら、このエピソードを思い出してください。

3つ目に挙げられるのは、民族音楽的な要素です。舞踏会に人々が集まって来るシーンに、2拍子ではなくてあえて3拍子のメヌエットを用いているのが特徴です。また、イタリアのヴェローナが舞台なので、マドリガルを使っています。2つのメロディが交いながら同時進行していくのもこの『ロミオとジュリエット』の楽曲の特徴です。

4つ目は、古典舞曲のガボットを用いている点です。4拍子の2拍子が過ぎたところからスタートとして、4拍子を続けて演奏する形がガボットになります。『ロミオとジュリエット』は、舞台であるイタリアを意識して、古典舞曲の要素を多様に用いている作品と言えます。

最後に、他バレエ団も含め数々の舞台を経験する音楽家として……。

井田:新しい世界をみてみたい、というのが芸術家として、指揮者として追い求めていきたいことです。
僕は、福田一雄先生が東京シティ・バレエ団と創り上げたこの『ロミオとジュリエット』を引き継ぐ立場にあります。その引き継いでいく中で、新しい発見があった時、演出の中島先生から「なぜこうしているのか?」、隠された意図を聞くことで、「どういう舞台になるんだろう?」「どんな新しい世界が見えるんだろう?」という方向に興味が湧くんですね。だから、むしろ率先して新しいことに挑戦してみたいと思っています。

今まで観たことがないものを観るために、一生懸命日々チャレンジしていくことを、観客の皆さまやダンサーと共有していくことが、逆に楽しみでもあります。

※和声:西洋音楽の音楽理論の用語で、和音の進行、声部の導き方(声部連結)および配置の組み合わせを指す概念である。西洋音楽では、メロディ(旋律)・リズム(律動)と共に音楽の三要素の一つとする。Wikipediaより引用

PROFILE
指揮
Katsuhiro Ida
©Ayumu Gombi

鳥取県生まれ。東京学芸大学音楽科卒業、同大学院修了。2003年から来日オペラ団体の公演に制作助手として携わり、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、東京のオペラの森などで小澤征爾、ズービン・メータのアシスタントを務める。2004年、江戸開府400年記念東京文化会館事業「あさくさ天使」に副指揮者として参加。2007年、東京バレエ団『ドナウの娘』日本初演にあたり指揮者アシスタントとして楽譜の修正を含め大きな役割を果たす。2007年11月、Kバレエカンパニー『白鳥の湖』公演においてデビューする。それ以降、Kバレエの多くの公演を指揮する。2009年4月、CD「熊川哲也のくるみ割り人形」をリリース。オーケストラでは東京フィルハーモニー交響楽団や東京交響楽団、日本センチュリー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、広島交響楽団、九州交響楽団などと共演をしている。バレエ団とは、Kバレエカンパニー、東京バレエ団、新国立劇場バレエ団、東京シティ・バレエ団、谷桃子バレエ団、ウィーン国立バレエ団等と共演している。音楽制作では、Kバレエユース「トム・ソーヤの冒険」、Kバレエカンパニー「カルメン」「クレオパトラ」において選曲、編曲を担当している。
その他、アマチュアを含め多数のオーケストラや合唱団を指導。トランペットを田宮堅二、田中昭、山城宏樹に、指揮法を山本訓久、高階正光に師事。
現在、シアター オーケストラ トーキョー指揮者。エリザベト音楽大学講師、桐朋学園大学特任講師。